ホントの自分を生きる、そして家族と自由で幸せになる ~沖縄移住生活~

家族で沖縄移住を機に日々人の心や思考を学んで自分を変えて家族を幸せにする日々を綴っています。

毒親

自分の両親は毒親だ。

自分がアスペルガーと教えてもらうのと同じ時期、

自分の両親が毒親だと教えてもらった。

教えてもらっても自覚ないし腑に落ちてもない。

それはとても複雑に絡んだ糸をほどくような感じに思えた。

でも違って絡んだ糸を根本から切ることが必要だった。

あの人たちは自分勝手な理由で自分の心を殺し、支配した。

それを受け入れたのは自分ということを理解した上であえて言いたい。

もうあんたらの思い通りにはならない。

アウトプット

日々自分がやってることを書き出してみると

どれだけおかしなことをやってるか

どれだけ人を傷つけているか気づく。

大抵教えてもらえたことばかり。

それは自分では気づけないことだから。

書き出すことがこれだけあるなんて恐ろしい。

これを毎日何十年も続けているなんて恐ろしい。

アスペルガーは本当に恐ろしい。

黒い壁

無意識にやっている癖がある。

それは自分のやりたい気持ちに蓋してしまうことだ。

自分の気持ちを知るために妻から聞いた方法で最近実践していることがある。

そうやって自分の気持ちを探るうちにまず気づいたことは

ある程度まで探っていると突然思考が止まることだ。

それはまるで黒い壁があるように感じた。

ただしその壁は自分が作ったもの。

その先に本当の自分がいると思った。

うわべだけ。

さいころ、兄に憧れていた。

兄のようになりたかったけど

ほとんど途中で諦めた。

そうやって比較して自分で劣っているかわそうな弟になっていった。

 

昨日、兄と話した。

自分に連絡がとれなかったという理由で突然、妻に電話したからだ。

蓋をあけてみると特に用は無く、自分と連絡が取れなかったから

妻に電話してみただけということだった。

自分の両親など家系的に同じ考えをもっていて

こういうことは当たり前だと思っていたが

今自分は「おかしな感覚」だと気づいた。

それを兄に話した。

 

兄はその場をとりつくろうだけだった。

兄は今まで通りうわべだけ仲のいい兄弟である事を望んだが

自分は違う。

うわべだけの兄弟は必要ない。

選択を放棄する。

最近ケーキを買いに行った時のこと、

ショーケースに並ぶケーキを見ていたら妻から

「何種類か適当に選んでおくね」と言われた。

そう言われた自分がとった行動は、

「あぁ、いいよ」といってショーケースから離れ店内をフラフラした。

結局妻が言った「適当に選んでおく」のはその場にいなかった長男の分だけだった。

人の話をよく聞かない自分がいけなかっただけの話ではなくて、

「自分のものは自分で選びたい」がなかった。

幼少期から自分の食べたいもの、着るもの、など

あらゆる場面で親が決めていたし、

自分も決めて欲しかった。

でもそれは今の自分にはおかしい。

人として当たり前のことを放棄している。

これはダメだ。